能登半島沖地震への活動①
能登半島地震の被害に会われた方々に心よりお悔やみとお見舞いを申し上げます。被害に会われた方々と災害支援に対応されている方々が、1日でも早く日々の暮らしに戻れることを願っています。 |
1月8日より団体では、金沢市内のキリスト教会の協力を得て支援拠点を設置できました。また、金沢市内の北陸学院とも協力し、拠点から被災者の方々へ支援を届けています。この活動は東日本大震災の被災地、北海道から九州まで全国から得意とする分野を持ち寄り、現地で自らも被災しながらも被災者の方々のために動かれていおる人や団体とつながりながら進めています。
ここに、1月、共に支援活動を行ったボランティアの方の手記があります。
〇+1月+〇
2024年1月
震災から二週間がたっており、私が入った時には、居室で入所者の皆さんは生活をしており、見慣れない訪問者に興味を持って笑顔で話しかけてくる様子でした。職員の方からじっくりと話を聞く必要のある人がいるか確認したところ、二人の入所者さんを紹介され、私は男性の入所者とお話することになりました。紹介されましたが、突然の不安と知らない人への緊張で距離を取られながらも職員の方とお話して、好きなことや今食べたいものなど話をしました。慣れてきたころに「豆乳が飲みたい!」と笑顔で提案が出てきたので、次回持ってくることを約束してきました。女性棟では、別なスタッフが話をしていると徐々に人が集まってきて、楽しく会話が弾んで楽しい時間を過ごしてきました。
その後職員の方と話す機会があり、震災直後からの話を聞くと、居室の利用がむずかしく体育館で避難生活を行っている中で、環境の変化で症状が落ち着かない入居者も出る中、泊まり込みで支援にあたっていたと話を聞きました。自身も被災する中で、数日で居室を直しみんなが笑顔で生活できる環境を作りだした、職員の皆さんの努力と行動力に驚きました。
短い時間で何が自分にできるのか、とても考える機会になっています。自分にできることを被災地に貢献していけるよう、支援にあたっていきたいと思います。
(後日)
今日は、16日に訪問した施設へ物資の搬送を行いました。前回お話をした入居者の方に豆乳を届ける重要な仕事があり、豆乳を購入し現地へ向かいました。道路の状況も日に日に変わり、通れなくなっている場所や使用禁止になっている場所が使えるようになっている様子を見て復興の進みを感じます。5日間の滞在でしたが、多くの人たちが毎朝早くから、被災地に向けて渋滞を作り、短い時間で環境が整っていくのが、身に染みて実感することができました。
豆乳を持って、訪問すると顔を覚えていない様子でしたが、職員さんからお話しいただくと豆乳の話を思い出し、「持ってきてくれたの!?」と満面の笑みで近寄ってきました。手渡すとガッツポーズをしながら大喜びし、それに反応して周りの方々も集まってきてにぎやかな時間を過ごしました。笑顔や喜びが伝染して、場が暖かくなることを私たちは応援できるのだと思い、物資と一緒に楽しい場面を作る手伝いをできるようこれから応援していきたいと思いました。(手記より)
能登半島で懸命にお仕事をされているすべてのソーシャルワーカーさんへ、感謝と敬意をこめて。
【 記事:浦河ひがし町診療所からのボランティア I 】