パーソナル支援から地域コミュニティを構築する

小さくされた者への支援は、被災者支援から子育て世帯、ひとり親世帯へと拡大。
誰もが笑って暮らせる地域コミュニティを目指しています。


事業所立ち上げと再建支援会議の開催

 大槌事業所は2017年、大槌町から伴走型支援「大槌町被災者支援事業」の受託をきっかけに開設されました。大船渡市での実績を評価されての事業開始でしたが、すべては信頼関係を築くことから始まりました。手始めに大槌町役場と社会福祉協議会と共生地域創造財団が情報を交換できる場を設け、複合的な支援にも対応できる体制を構築しました。

 私たちには時間がありませんでした。事業を着手した頃には、すでに大槌町では応急仮設住宅の集約化と撤去のスケジュールが発表されているフェーズにありました。

 応急仮設住宅の住民に災害公営住宅への引越しや住宅再建の相談を促すチラシを作成し、応急仮設住宅に個別配布しました。事業を進めるにあたり、「漁師町気質」が相談の妨げになることもありました。自立心が強く、『支援を受けること』が慣れていないためとても苦手。本人自身が相談の必要性を感じつつも、生活に困窮しているというシビアな状況を他者に知られたくないという人が多く、相談窓口への来所がとてもハードルの高いものだとわかりました。

 その点、大槌事務所のスタッフは宮古市、山田町、釜石市の近隣市町村の在住者。「よそ者」という立場を生かしながら、「相談窓口の選択肢のひとつに共生地域創造財団もあります」というスタンスで、無理強いをしない適度な距離を保ちました。地道に1軒ずつ応急仮設住宅を訪問し、世帯状況を確認していった積み重ねが「困りごとは共生に相談しよう」という地域の方の選択のひとつとなり、信頼関係を築くことができました。

 このつながりは、転居支援が終了となった現在も続いています。応急仮設住宅からの転居実績は、2018年が481世帯、2019年が126世帯。ただしこの数字には大槌町独自の※「目的外入居者」は含まれていません。(※定住促進のために被災者じゃない方が家賃を支払って応急仮設住宅に住むこと)

 しかし罹災証明書を持たない彼らは災害公営住宅に入居できず、一般供与を待つしか選択肢のない「もっとも小さくされた者」でした。応急仮設住宅に住んでいる以上、被災者も非被災者も抱えている問題は同じ。

 私たちは区別することなく、課題解決に当たりましたが、各世帯の家族構成や生活環境に適した、より柔軟できめ細かな対応が求められました。

 

「支援する人/される人」を線引きしない、友情にも似た関係づくり

 目的外で応急仮設住宅に住んでいる30代の女性に出会ったことは、今後も絶対に忘れることはできません。その相談者は公営住宅に入居を希望していましたが、罹災証明書を持たず、加えて単身者であるため公営住宅に応募できずにいました。

 彼女とはじめて出会った日、わたしたちを「追い出し屋」だと思っていたのか門前払い。聞くに堪えない罵声も浴びました。しかし、彼女が乱暴な言葉を向けるとき、その手を握り返したくなるほどに彼女の手は震えていました。それを目の当たりにした以上、見て見ぬ振りをして事務所へ戻ることはできませんでした。その日、彼女を事務所に連れて帰り、シャワーを貸し、スタッフみんなと夕食を食べました。事情を聞くと勤務先の人間関係で気持ちが壊れてしまい離職。そして電気もガスも止められ生活がままならない状況にあり、経済的にも精神的にも限界だったと話し始めました。

 その後、わたしたちは同じ時を過ごし、「女ともだち」のようなおしゃべりを重ね信頼関係を築き、一緒に生活保護の申請へ向かいました。生活保護を受給したことで無事に公営住宅への入居が許可され、その後は就労支援へと切り替え、間もなくして彼女は介護施設へ就職し、生活保護からの自立を図りました。今では地震や大雨の日には「事務所のみなさん大丈夫ですか?」と心配の連絡をしてくれます。その女性との出逢いによって、「表面上の支援なんて簡単に見抜かれて通用するわけない。人と人との、想いのぶつかり合いでしかない」と改めて気付かされました。

 そしてあの日の夜、まるで家族のように囲んで食べる夕食は人の心を解かす、という事実を目の当たりにしたのです。

 わたしたちは人と課題があるから出会うのではなく、出会ったら課題を抱えていた。それだけのことであり、決して特別なことではないのです。

 

パーソナル支援と社会参加支援

 応急仮設住宅から転居後、新たな問題が出てきました。転居先の地域に馴染めず孤立し、周囲に相談できず自死や孤立死にいたるケースが増えてきたのです。この問題を解決するために、2019年4月、地域食堂「ひょっこりーぜダイニング」を始めました。

 ひょっこりーぜダイニングは、「手作り料理を振る舞いたい人」と「手作り料理を食べたい人」が「食」を通じて何気ない会話を楽しむ場。家庭の台所のような居場所づくりを目指しました。

 この事業の背景には、集会所のお茶会に出てこられない独り暮らしの男性の存在との出逢いがありました。彼らは、スーパーの惣菜をパックのまま、もらった割り箸で食べるという食事をしていたことから、参加者のターゲットを独り暮らしの男性に設定しました。それは元気のある人をサポートする支援団体は多いが、自治会活動に出てこられない住民をサポートする支援団体がなかったため。

「食」をテーマにしたのは、男性も女性も年齢問わず、食は生きるために必要なことで、誰もが興味を持つものだからでした。

 私たちの地域食堂は家庭の食卓を再現するため、参加者のマイ茶碗・マイ箸を用意。ある男性にはテーブルを拭いてもらい、ある女性には食後のお茶を入れてもらうなど、参加者それぞれに家庭でのお手伝いのような役割を持ってもらいました。

ひょっこりーぜダイニング

 主な参加者は独り暮らしの男性で、大槌町の郷土料理が振る舞われることもあり、回を重ねるごとに参加者に笑顔が見られました。また、自分が楽しかったからと自分と同じ境遇の方を連れてくることもあり参加者は増えていき12回の開催で延べ100名が参加。

 この事業効果は大きく、無口だった高齢男性の会話が増えて笑うようになりました。よく笑うようになると誤嚥の減少も見られました。現在は新型コロナ感染の影響で開催を中止していますが、地域食堂に参加した男性は今でもわたしたちの好物を持って事務所に遊びにきてくれます。この地域食堂場をきっかけに、支援活動の幅が広がり転居支援が進んだケースもありました。

 何度訪問しても会えなかった40代男性は、地域食堂をきっかけに5年ぶりに兄と再会し、無事に転居にいたることができました。

 その男性は「町外にいる兄が自宅を再建します」と言うのですが、男性はお兄さんの連絡先を知りません。そこで私たちは2本のプランを同時進行しました。ひとつは「災害公営住宅に入居」もうひとつは「音信不通のお兄さんと連絡を取り、自宅を再建する」でした。はじめに、法務局で土地登記簿を取り、お兄さんの住所を確認し、男性と財団から手紙を出しました。しばらくすると「こんなに急いで家を建てる必要があるなんてなくてはならないと思っていなかった」と兄から連絡がありました。実は、お兄さんは毎年、両親の命日に大槌町に来ていましたが、弟の住所が分からず訪ねられなかったのです。

 5年ぶりに兄弟が顔を合わせ、今後のことを話し合い、財団が兄弟と住宅メーカーの間に入り住宅再建を進めることになりました。財団との出会いが兄弟を再会させ、最終的にはまた兄弟で暮らすことになったのです。

 共生地域創造財団で行う伴走型支援の中に「関係性の支援」と「社会性の回復」があります。財団が地域食堂「ひょっこりーぜダイニング」を始めたころ、参加者は自分が楽しむことしか考えていませんでした。しかし、回を重ねるごとに参加者がスタッフを楽しませようとして、おみやげを持ってくるようになりました。しかも、それぞれの好みに合わせたものを持ってきてくれるのです。

 この地域食堂に参加することで、他者を思いやる気持ちが表れ、社会性が回復してきたのです。今では、わたしたちが困っているときに手を貸してくれる、そんな関係を築いています。

 

台風19号で2度目の大規模災害

 住宅再建が進んだ2019年10月、台風19号で山田町と宮古市が被災しました。大槌事業所は宮古市白浜・赤前地区と山田町田の浜地区の支援に入りました。両地区とも東日本大震災の被災地。やっとの思いで自宅再建した被災者がまた被災者となったのです。

 東日本大震災当時と異なるのは、高齢化が進み、若者が市外・町外に出てしまっていること。そして、震災と比較すると被災エリアが小さいため、行政のサポートが充実していなかったことです。

 2度の災害と住宅再建で、被災者の多くが二重債務を負うことになりました。そこで2020年6月より3カ年の計画で支援を、休眠預金等活用助成事業「台風19号被災者への伴走型支援事業」を3カ年計画で開始しました。また、震災後に建設した堤防が山側から流れ込んだ雨水を堰き止めたことで浸水の被害をうけた家屋が多かったため行政批判が起きていました。そこに財団が入り、制度の利用法を案内して、どのように住宅再建、生活再建をしていくかを一緒に模索しました。

 さらに財団のネットワークを活かし、財団の母体であるグリーンコープから子育て世帯に家具家電等の支援もありました。

 その一方で、精神的なケアの必要性を感じ、2017年に山田町田の浜地区にコミュニティ農園を開園。翌年から朝市も始め、いまでは地域コミュニティの拠点になっています。そのほか高齢者向けの買い物支援、子育て世帯を対象としたアウトドアでの手芸やクラフト、音楽鑑賞会を行い、評価を得ています。

コミュニティ農園

 さらに、同地区は高齢者が多いことや公共交通の便が悪く(スーパーまでのタクシー代が往復5000〜6000円)、交通費の家計の圧迫は小さくありません。2度の災害に遭った地域の方々の経済的な困窮を少しでも解消するため買い物支援をはじめました。利用者からは、買い物代行・送迎支援を利用することで計画的に食品を購入できるためロスが減ったという結果も出ています。

 

現在の取組と今後の展望 ー人とヒトとをつなぐ「食」への支援ー

 2度の災害を通して、人とつながっているのか、いないかが生死を分けることや、その後の人生に大きく影響するケースを見てきました。東日本大震災から10年以上が経過した今、ほんとうに必要なのは「困窮に陥らないための個別支援」と「社会的な孤立を防ぐ地域への社会参加支援」です。そして岩手県沿岸地域における新たな支援として、高齢者やひとり親家庭など課題を抱える人こそ災害に備えるサポートを提供できる地域資源となろうと思っています。地域食堂「ひょっこりーぜダイニング」は、食が他者とをつなぎ合わせ、社会との関わりを持つハードルの低い相談窓口となる効果を実感することができました。

 今後はシングルマザーを支援する団体も立ち上げ、シングルマザーや高齢者の生活基盤を強化する取り組みを行っていこうと考えています。もともと生活基盤の弱いシングルマザーは災害時、生活困窮に陥りやすく、平常時でも問題が起きたとき、その課題をひとりで抱え込み対処しなくてはなりません。そのようなときに一緒に解決する“パートナー”となる団体です。わたしを含めたシングルマザーの目指すべきところは、「自力で生きる力を身につける」ことであり、決して社会に守られ続けることではありません。シングルマザーのママ自身が目標に向かう背中を我が子に見せ、他者との関わりで子どもたちの経験や体験を豊かにするための支援です。

 そして、社会的な課題を抱えている「小さき者」への「食」をテーマにした支援を広げていきます。