2026.03.11
あの日、午後2時46分に
本部事務局

午後2時46分、サイレンが鳴った。

宮城県石巻市の小さな漁村、蛤浜(はまぐりはま)。牡鹿半島の入り江に抱かれたその浜で、一組の漁師夫婦があの日のことを話してくれた。

 

 「家の前の畑にいたときに地震が来た。両足を踏ん張っても大きな揺れで立っていられなかった」

 

2026年3月11日、東日本大震災から15年。東北の4つの県はそれぞれ、この日をどのように迎えたのか。被災地の今を少しでも伝えたい。

蛤浜のバス停

 

蛤浜の漁師夫婦が語ること

石巻市の牡鹿半島に位置する蛤浜は、震災で壊滅的な被害を受けた小さな集落だ。それでも今、この地に根を張って暮らす漁師夫婦がいる。

毎年3月11日、午後2時46分のサイレンが鳴ると、夫婦は作業の手を止める。奥様はこう話してくれた。

「家の前の畑にいたときに地震が来た。両足を踏ん張っても大きな揺れで立っていられなかった」

——奥様・蛤浜在住(60代)

その日、ご主人は船で沖に出ていた。

「大きなダンプが通ったかのように、海の上にいても上下にドンドンという響きと共に揺れを感じた。津波が来ると思い、すぐに自宅に向かった。その時の光景は——目の前の山々が左右に大きく揺れていた。毎日見ている海が大きく引いているのもわかった」

——ご主人・蛤浜在住(70代)

さらに、隣の浜の漁師仲間から聞いた、忘れられない話があるという。

「3月11日に地震が来たとき、大きなアワビが一斉に岩の上の方へ上っていくのを見たと言う。小さなアワビは海の底にいて、その後、津波によって岩ごと沖に流されたのだろう。長く生きている知恵なんだろうな、と思った」

——ご主人・蛤浜在住(70代)

蛤浜の住民皆さんが避難した集会所

 

東北4県、それぞれの3月11日

この日、東北4県はそれぞれ独自の形で震災と向き合っている。条例で特別な日として定めている県もあれば、若い世代への伝承に力を入れる県もある。

🌊 青森県:被災地として、共に追悼

青森県も津波被害を受けた被災県のひとつだ。八戸市を中心に、毎年3月11日には追悼行事が実施される。2026年も、午後2時46分の発生時刻に合わせたサイレンと黙とう、慰霊祭が行われた。

八戸市鮫町の蕪島では、海に向かって白菊を手向ける慰霊の場が設けられた。年々参加者の顔ぶれが若くなっていることが、地元関係者の目に留まっている。

🏔️ 岩手県:条例で定めた「語り継ぐ日」

岩手県は2021年(令和3年)2月、県議会の全会一致で条例を制定し、3月11日を「東日本大震災津波を語り継ぐ日」と定めた。これは市民の請願運動から生まれた条例で、2万3千人を超える署名が後押しとなった。

2026年の追悼式は盛岡市のトーサイクラシックホール岩手で開催。沿岸7市町村(久慈、田野畑、宮古、山田、大槌、釜石、陸前高田)と連携し、若い世代への伝承を重視した式典が行われた。山田町では初めて中学生が参列し、釜石市では高校生がメッセージを述べるなど、未来に向けた取り組みが目立った。

🕯️ 宮城県:「みやぎ鎮魂の日」——最初に条例化した県

宮城県は東北の中でいち早く、2013年に条例を制定して3月11日を「みやぎ鎮魂の日」として法的に位置づけた。県立学校を休日にする検討も行われた、被災県としての強い意志の表れだ。

2026年は宮城県庁でのコンサートと追悼行事のほか、利府町グランディ・21、石巻市のみやぎ東日本大震災津波伝承館でも献花が実施された。伝承館では語り部によるメッセージ映像がオンライン配信され、全国から追悼の思いを届けられる仕組みも整えられた。

☢️ 福島県:震災と原発事故、二重の記憶を刻む

福島県の3月11日は、津波被害と原発事故という「二重の災害」の記憶を持つ特別な日だ。2026年の「東日本大震災追悼復興祈念式」は福島市のパルセいいざかで開催され、高市首相も出席し黙とうを捧げた。

式典はYouTubeでライブ配信されたほか、オンライン献花サイトが3月1日から24日まで開設され、国内外から追悼の意を示せる体制が整えられた。県内6都市では夜にキャンドルナイトが行われ、炎の光が15年の時を照らした。

蛤浜の海

 

「追悼」から「伝承」へ——15年目の変化

震災から15年が経ち、東北各地の式典のあり方が変化してきている。「悲しみを共有する場」から、「記憶と教訓を未来へつなぐ場」へ。遺族代表のことばを高校生のメッセージに変えた市、式典の名前を「追悼と防災のつどい」に変更した市。形は変わっても、忘れないという思いは変わらない。

蛤浜の漁師夫婦の言葉が心に残る。畑で大地に踏ん張った奥様の体の感覚、沖から山が揺れるのを見たご主人の眼差し、そしてアワビの「長く生きている知恵」という静かな言葉。15年という時間は、そういった生々しい記憶と、深く静かな洞察の両方を育んできた。

午後2時46分のサイレンは今年も鳴った。そしてまた来年も、鳴り続けるだろう。

——東日本大震災で犠牲になられたすべての方々に、心より哀悼の意を捧げます——

3月11日はどんな命もすべてが大事だと、みんなで共有できる日になることを願っている

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