誰ひとり取り残さない災害支援③ =「助けて」の声に応答する支援=

☆1人1人の声を聞くためのリストを作る☆

 チーム王冠の支援は、石巻市渡波地域の在宅被災者との出会いをきっかけに、山元町から石巻市まで広がりました。メインで動いているスタッフは3名です。この少ない人数で、全国から届く貴重な支援物資を無駄にしないよう、必要なものを必要な人に届けるために行ったこととして、リストを作ることが一番に挙げられます。リストを作るために、スタッフ2名が中心となって、地域の中からボランティアでリーダーと副リーダーになってもらえそうな人を探してお願いをしていきます。そのリーダーが把握しているいくつかの世帯を1グループとして、グループ内の世帯別・個別の情報と必要なものや困っていることを一覧にしていきます。4月に行政から在宅被災者にお弁当が配布されていましたが、行政区の区長さんが業務過多で配布しきれずに、5月には止めている地区が多きあったことがあります。地域で動ける人がボランティアリーダーとして動いてくれたことは、この後1年以上継続される支援を可能にした重要な点だと考えられます。

当初、在宅被災者が取り残されているのは、渡波地区周辺だけの出来事だろうと半信半疑でしたが、チーム王冠のスタッフが出向いたことによって、湊・大街道といった広範囲に支援が届かない人の存在が明らかになっていきました。グループは2012年3月には、257グループを数えます。同じ期間にリストに書き込まれた世帯数は、累計で3,088世帯、人数にして延べ9,616人です。1人1人の声を聞き、その声に応えるように支援を行ったことがこのリストに書き込まれていきました。

支援への感謝の言葉

 このリストを見ると、“エンゼル”という欄が設けられ、日にちが記載されています。これは“エンゼルボックス”の活動で受け取った物資を届けた記録のことです。2022年9月にはすでに8,000人を超えたリストとなっており、物資を集めることでも知恵が必要でした。そこで、自分が避難することを想定して、3日分の食料を詰めた箱を送ってもらうという“エンゼルボックス”活動を展開します。このエンゼルボックスは、在宅被災者の世帯を中心に頻繁に活用されることとなりました。

※“エンゼルボックス”についてのサイト: キモノは別腹 チーム王冠のエンゼルボックスについて (fc2.com)

 

石巻市の渡波地区からの2度目の支援要請で、食糧の支援に加え飲料水の支援がこの地域では続けられました(誰も取り残さない災害支援②でも取り上げています。)。自宅の蛇口から濁った水が出ていることについて、早速行政へ実態について確認し、水道水の飲料としての利用について注意喚起をしてもらうことになりました。そうして1年が経過するころ、伊藤さんはこのリストから水の支援要請が減らないことに気が付きます。そこで、行政に確認すると、注意喚起の解除連絡がされていなかったことがわかりました。水質調査を実施し安全宣言が出されたため、被災者の方々はようやく飲料水の心配をすることが無くなりました。リストがあったからこそ状況の改善につながった事例だと言えるでしょう。

 

☆だがし屋ワゴンという支援☆

当時の駄菓子の値札

 震災当時、学校は早くに再開され、学校行事も執り行われていました。遠足などがあった時に、近所にあった小さなお店がなくなってしまっているため、子どもたちが気軽にお菓子を買いに行ける場所がないという声がありました。そこで、ワゴン車にお菓子をたくさん積んで子どもたちのところへ届け始めました。おもちゃの500円を子どもたちに渡して、その500円で買い物をしてもらいました。子どもたちに大好評で、すぐにワゴンではお菓子が積みきれなくなり、トラックに変更になります。

 この活動で伊藤さんが印象に残るのが、珍味系の駄菓子を持ち帰る子どもたちが多くいたことでした。駄菓子を準備する段階では、スタッフからはとても不評だったにも関わらず。その理由を聞いたところ、「お父さんとお母さんのお酒のおつまみ。」という答えが返ってきました。子どもには、お父さんやお母さんが毎日を大変な思いで過ごしていたことが、わかっていたのかもしれません。この支援は現在でも半島部を中心に継続されています。

 

☆「大きくなったらチーム王冠になりたいです」☆

おかずが増えた当時の給食の様子

2022年6月から9月までの約4カ月でしたが、学校での父兄による炊き出しを行います。石巻市内に6つあった給食センターが被災し、2か所で全校分の給食を賄っていました。パンと牛乳のみという内容に近い質素なものが続いており、増えてもゼリーが1つ増える程度でした。学校給食法という法律があるため、学校側でもすぐに対応ができない状況でした。チーム王冠では、吉浜小学校の先生から、家も被災している学校も被災しているという状況で、子どもたちも当然ながら、先生型のような大人も昼間は仕事をし、避難所などへ帰るという毎日のため、大人もおなかを満たせていなかったことを知っていました。そこで教育委員会や校長先生方との様々なやり取りを経て、この活動が開始されました。1ヵ所の小学校で始まりましたが、最大で1日2,600食を毎日作りました。チーム王冠だけでは1日500食が限度なため、エバラ食品と一般社団法人ピースボート災害支援センターにはほぼ毎日のように関わってもらい、その他にも多くの団体と協力をしながら賄いました。給食の配送もボランティアにお願いすることになりますが、SNSへの投稿禁止、写真撮影禁止、他言無用でただただ支援することに合意できる方のみを受け入れていたそうです。チーム王冠では栄養バランスを考え野菜スープなどがメニューの中心でした。子どもたちのテンションを挙げたのは、エバラ食品が時々提供する焼肉のようなおかずの日だったようで、その日は、「今日焼肉だってよ!」と子どもたちの歓喜の声が聞こえてきていたそうです。

このような活動を続けている中で、時々子どもたちから手紙を受け取ることがあったそうです。その中に伊藤さんが忘れられない手紙があります。その手紙には『大きくなったらチーム王冠になりたいです。』と書かれていました。

 

・・・「助けてほしい」という声があるうちは、支援をやめるわけにはいかないな・・・

 

伊藤さんは改めて、被災者の方々が日々の暮らしを取り戻すまでは、支援を続けることが当然だと思うのでした。

 

2015年に『災害ケースマネジメント』の言葉がメディアなどから聞こえるようになります。災害直後から生活再建の達成に至るまでを、始めから終わりまでひとりひとりの被災者が生活を取り戻すことを軸とした、一貫性のある視点で考える災害支援。『災害ケースマネジメント」の言葉が聞こえてくる前から、それが実践の中で行われてきていたことを、証としてここに残しておきたいと思います。

【 話:一般社団法人チーム王冠 代表 伊藤・記事:吉田 】

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